雛流し

 

つい先日お正月を迎えたと思ったら、もう3月になりました。

 

年々、月日が過ぎゆくのが早く感じます。

 

子供のころは、いろいろと行事があり、日々の生活にメリハリがあったのですが、今は毎日、仕事に追われる日々。

 

季節を感じることも少なくなったと思います。

 

 

そこで、子供の時のことを思い出してみました。

 

私が子供のころ、地元では3月3日に雛流しがありました。

 

雛流しとは折り紙で作った雛を小舟に乗せて海に流します。

この雛に思いを託したり、厄を託したり、子供の成長を願うなどの願掛けをします。(その土地その土地で違うようですが大まかこんな感じと思います。)

 

私が子供のころは学校行事として行っていて、多くの人が参加していましたが、田舎ゆえの過疎化に悩まされ現在は保存会で行っているようです。

 

それぞれの地方で色々な祭祀があると思いますが、たまには地元のことを思い出し季節を感じてみてはいかがでしょうか?(野)

忘れていたもの・・・

10月末に入社した4人

出会ってから3ヵ月が経ちました。

 

4人の笑顔を見ると何だかこちらまで笑顔になってしまう(^^)

 

会社ではしっかり日本語を話そうとしている姿。

 

仕事に対する姿勢。

 

どれをとっても一生懸命さが伝わってきます。

 

そして、彼らには明確な目的があります。

 

★自分が働いて家族を守る★

 

愛に満ち溢れています・・・

 

そしていつも思う事

 

事務所に入ってくる時、大きな声と、とびきりの笑顔で、

「失礼します」「おはようございます」「お疲れ様です」

 

当たり前のことなのになかなか出来なくなっている今日この頃・・・

 

愛される人って単純だなぁとつくづく感じながら彼らと仕事をしています。(池)

2月

2月も厳しい寒さが続きますが、色々な行事やイベントもありますね。

バレンタインデー、建国記念の日、プロ野球キャンプイン・・・。

しかし、2月と言えば節分ではないでしょうか。

というわけで、今回は節分について。

節分といわれて恵方巻を思い浮かべる人は多いかもしれません。しかし、個人的には、豆まきがこの時期の風物詩として外せないのではないかと思います。

今回は、節分の豆まきの由来、節分の豆などを中心に書いていきます。

そもそも節分(せつぶん、せちぶん)とは、立春・立夏・立秋・立冬の前日のことを意味していました。

そして昔には、各季節の切り替わるときには悪いもの、すなわち鬼が入り込むと考えられていました。

この鬼を追い払うために、平安時代の頃から宮中では、大晦日(おおみそか)に追儺(ついな)、鬼やらい、儺(な)やらいなどという名前で呼ばれる行事が行われていました。

ここでいう大晦日とは、立春の前日のことです。

これが、現代の節分の豆まきの原形といわれており、中国から伝わったと云われています。

当初は弓矢を使って鬼を追い払う行事でしたが、やがて豆を使ったものへと変化し、民間でも広まっていきました。

そして節分という言葉も、主に立春の前日の節分だけを表わすようになりました。

現代の節分の豆まきで使われるのは大豆(だいず)が多いですね。しかし、以前には米、麦、かちぐり(=搗栗、勝栗)なども使われていました。

また、地域によっては落花生(らっかせい)をまきます。これは、地面に落ちたとしても中身の豆自体が汚れないので、なかなか良いですね。

豆まきに大豆を使う場合は、あらかじめ炒ったものとします。この炒った豆は福豆(ふくまめ)と呼ばれます。

豆を炒るのは、まいた豆から芽が出るのを防ぐためといわれています。

豆まきをする前にお祓いを行なったり、神棚に供えるといったこともされます。

現在では、福豆がお店で売られていますし、簡単に手に入りますね。

豆をいくつ食べるかについては、次のようにいろいろな説があります。

  • 数え年で、年齢の数
  • 数え年で、年齢の数 + 1
  • 満年齢で、年齢の数
  • 満年齢で、年齢の数 + 1

一つ多く食べるのは、一年分を先取りする、より多くの福を呼び込むということから行なわれます。

また、現在では満年齢が一般化しているので、数え年に無理にこだわらないようになってきています。

また、年を重ねると数も増えるので、豆一粒で10歳分とすることもよく行われます。

こう見ると数については、諸説あるので、自分にあった数を食べれば良いのかと、個人的には思います。

あと、知らなかったのですが、調べていくうちに、福茶というのも節分ならではのものだそうです。

福茶とはお茶に福豆を入れたもののことだそうです。

福豆の他に、「喜ぶ(よろこぶ)」に通じるとされる昆布、めでたいことの象徴・松竹梅の梅にちなんだ梅干しを入れることもあるようです。

なお、福茶はお正月にも縁起物として飲まれ、この場合は黒豆を入れることが多いそうです。

 

 

寒さも本番、インフルエンザも流行しているようです。節分の日には豆まきをして鬼を追い払い、元気に明るく過ごしていきましょう!(田)

謹賀新年

謹んで新年のお慶びを申し上げます。

2019年も製造部一同頑張って参りますので

宜しくお願い致します。

 

今年の4月30日で平成が終わります。新元号はどういったものになるのでしょうか。

 

そもそも日本の元号は、中大兄皇子と中臣鎌足で有名な乙巳の変から始まる”大化の改新”で定められた『大化』から始まるとされています。

そこから数えて、約250の元号。。。長い歴史ですね。

 

もともとは元号を決めるのは天皇の専権事項であったようです。

その慣習を打ち破ったのが織田信長。『元亀』という元号を『天正』をいう元号に変更させました。天(世の中)を正しい方向に導こうという意図が見え、とても信長らしい発想ですね。

この出来事以降は、時の権力者たちの思惑が改元に影響を与えることになっていきます。

 

現在では、

①有識者が候補を考案

②内閣官房長官が選定

③閣議で協議

④国民を代表する形で衆参両院議長の意見を聞く

⑤閣議で決定

という手順で決められるそうです。

 

新しい元号は、国民が安心して生活でき、諸外国とも協調し、ますます国が繁栄していくという願いが込められたものであれば良いですね。(藤)

あつあつ鍋料理

最近の気候は、暖かく過ごしやすい日もあれば、急激に寒くなったりする日もあり、身体がなかなか対応できていません。皆さまは如何お過ごしでしょうか。

 

急激に寒くなった日の夕方にスーパーに出掛けると、必ずといっていいほど鍋の材料の売れ行きが良いようで、ある具材は早々に売り切れたりすることもあります。特に野菜は市況の変化もあるので、流通量が多いときもあれば、逆に少なく且つ価格が高い等、時期によって様々です。

 

お住まいの地域でそれぞれの鍋料理があるかと思いますが、こちら福岡では水炊きや、もつ鍋等が有名になりました。特にもつ鍋は私が小さいころは、俗にホルモン鍋と言われていたほどで、中身のホルモンはどちらかと言えば見かけや、香りが決して良いとは言えない物でした。昨今はそのホルモン鍋も良い所のみを厳選しておしゃれで人気がある鍋に代わって、いつのまにか高級な鍋料理になりました。

最近では、「ひとりぼっちもつ鍋」が出来る店もあるくらいです。ぼっち鍋、最近では非常に受けているようで、夕方店頭で一人で並んでいる人の姿もちらほら見受けられます。店で一人で鍋を食す。微妙な感じもしますが時代の流れですかね。

 

あと、鍋といえば調理する時に卓上コンロを使用したりする場合があると思いますが、先日札幌市でスプレー缶を処分しようとして大爆発を起こした事故がありました。

手軽で便利なボンベですが、改めて使用上の注意をよく読んで、換気に気をつけて使用しないといけないですね。

 

楽しい鍋の宴にしてこの冬を暖かくお過ごしください。

 

インフルエンザに気をつけましょう。(古)

月日が経つのも早いもので

 

12月になりました。

 

あっと言う間に12月。年末になってしまいました。

すぐに年越しですね。

年越しと言えば年越しそば。

年越しそばについて少し。

クリスマスが過ぎて大掃除と正月の飾りつけが終われば、新年を待つばかり。

そして年内最後の大切な行事が「年越しそば」ですかね。

年越しそばの由来や意味って何でしょうね。

細く長く生きるように、なんて教わった覚えがあります。

 

年越しそばを食べるタイミングはいつなんでしょう。

一般的には大晦日に食べますが、地域によって違いが有るようです。

新潟では「十四日そば」と言って小正月の前の1月14日や元旦に食べる風習があります。

正月に新潟へ行った際に「十四日そば」予約受付中の貼り紙を目にしました。

福島にも元旦に食べる地域が有るようです。

 

年越しそばを食べる意味や由来は。

・細く長く:おそばが細長いことから長生きできますように、と長寿を願って食べる。

・一年の厄を切る:そばが切れやすいことから厄を切る、厄除けの為に食べる。

・金運上昇:江戸時代の金箔職人は散ってしまった金粉を集めるのにそばの団子使って集めたことから、そばは金を集めるとされ金運を願って食べる。

・三十日そば:江戸時代に月末にそばを食べる風習があり、これが年末に食べる風習だけ残った。

・植物のそばの強さ:そばは強い植物で、風雨にさらされても日に当たればすぐに元気になることから、健康を願って食べる。

 

おそばは縁起の良さをいくつも持っているので、一年の締めくくりに食べられるようになったようです。

 

おそば、単純においしいですよね。(口)

ミャンマー連邦共和国

最近、よくニュースなどでよく耳にするようになった、ミャンマーという国について何回かに分けて紹介したいと思います。

 

ミャンマーは、東南アジアのインドシナ半島西部に位置する共和制国家です。

日本では、ビルマという名前の方が馴染みがあるかもしれません。

 

というのは、第二次世界大戦の際、日本が統治するビルマにおいて戦況が不利になる中、多くの日本兵が亡くなったり、捕虜になったりしました。

 

その中に、水島という青年がいました。彼は道中で目にする多くの日本兵の死体を見るうちに、日本へ帰国せず、ビルマで僧侶になり、同胞の霊を弔う道を選択するのです。

 

「水島、一緒に日本へ帰ろう!」のセリフで有名な『ビルマの竪琴』は、現在のミャンマーを舞台とした物語です。

 

また、数度の自宅軟禁や、ノーベル平和賞の受賞などで有名なアウンサンスーチー女史について思い浮かべる方もいらっしゃるでしょう。

 

 

ちなみに、ミャンマーでは姓というものがありません。したがって、彼女の名はアウンサンさんでもスーチーさんでもなく、アウンサンスーチーさんが正しい名前になります。

 

ミャンマーの人口は5,000万人程ですが、100を超える民族で構成させる多民族国家です。

 

その中でも、6割ほどがビルマ民族で、公用語もビルマ語になります。

 

日本語ではBurmaを”ビルマ”と発音しますが、現地の人は”バーマ”や”バマー”といった風に発音します。

 

 

ミャンマー人の多くはとても敬虔な仏教徒です。基礎教育の部分から、仏教が大きくかかわってきます。

 

というのは、学校制度が発達していない地方でも、僧院がその役割を担っているからです。

 

ミャンマーの伝統的な教育の起源は、11世紀のアノーヤター王時代の僧院教育に遡ります。今日の僧院学校では特権階級の子息から、正式な教育を受けられない子どもや、孤児たちまでにも基礎教育を施しています。

 

彼らにとって出家して僧籍に入ることは特別に珍しいことではなく、大人になるまでに2~3回は僧としての修行を経験するのが普通だそうです。

 

また、ミャンマーの各地に多くのお寺(パゴダ)があり、彼らは行く先々でパゴダにお参りします。

 

パゴダの敷地内は裸足にならなければいけませんので、ミャンマー人たちはいつも裸足で草履といういで立ちです。靴を履いている人を見かけることはほとんどありません。

 

ミャンマーで一番有名なパゴダは、ヤンゴンにあるシュエダゴン・パゴダ(ダゴンの黄金の寺の意)で、一日中参拝者でにぎわっています。特に夜はライトアップによって、文字通りパゴダ全体が黄金に輝いています。

ストゥーパの頂上には76カラットのダイヤモンドが埋め込まれています。

 

ここでは、生まれた曜日(八曜日=水曜日は午前と午後を分ける)の祭壇に花を供え、水をかけてお祈りします。

 

供える花はほとんどがジャスミンで、パゴダのどこにいてもジャスミンの良い香りがします。

 

 

ミャンマーを訪れる際には、自分の生まれた曜日を調べてから旅立たれることをお勧めします。

 

今回は、ここまで・・・。(髙)

最盛期になるといいのですが。。。

2018年も11月に入り、今年も残すところ2ヶ月となりました。

 

青果物用パッケージの取り扱いが多い弊社にとって、多くの農作物の収穫時期を迎える11月が、例年一年を通して最も忙しい月となります。

 

11月に旬を迎える代表的な野菜・果物です。

 

いくつ分かりますか?

弊社では多くの旬の食材を包装を通してご家庭にお届けする役目を担っています。

しかし、昨年、一昨年と地震や台風など多くの天災が発生している影響もあって、多くの作物の秋の収穫が芳しくありません。今年は忙しくなるといいのですが。。。(明)

紅葉狩り

やっと、過ごしやすい季節になりましたね。ちょっとお出かけするのもいいかもしれませんね。

この季節であれば紅葉狩りなどいかがですか?

11月となると山も色づき見ごろになってきます。関西であれば京都などの神社仏閣などいいですね。

 

 

ただ紅葉狩りとは、今でさえ紅葉を見に行くといこととはわかってますが、昔は、なんのことか、「狩る」って紅葉を取りに行くの?

よくわからなかったことはなかったですか?

たしかに大阪の箕面では、もみじを天ぷらにして食べ物として売ってるので、狩りにいってるのかもしれませんが・・・。

 

すこし語源・由来を調べてみました。

もともと「狩り」とは、動物などを追い立てて捉えるという意味です。昔の貴族が弓をもって鹿などを追い詰めて捉えたりしていました。それが何時しか対象物が果物をとったり植物を眺める行為自体を「狩り」といったらしいです。

実際に平安時代の貴族たちは実際に木の枝を折って手にとって観賞していた伝えらています。

単純に動物を狩る行為が果物・植物を採るさらに植物を眺める、観賞する行為自体を「狩り」というようになったようですね。

 

まだ違う説があるようですよ。よければ調べてみてください。(梅)

監査を終えて

8月上旬に某大手食品包材取扱会社様の監査がありました。

 

弊社では商品包材の製造をするべく、3年前に本社工場を移転いたしましたが、移転後、初めて食品包材の監査を受けました。

 

結果としては、いくつかの改善点の指摘もいただきましたが、

合格することが出来ました。

 

 

弊社では食品包材を大手を振って製造できることは念願でもありました。

 

今回の合格に向けて、弊社協力会社様に大変お世話になりました。

 

遠方より長期に亘り、何度もご指導いただきました。

 

このことで、合格にこぎ着けることが出来ました。

 

今後、他の食品包材取扱会社様の監査も出てくると思います。

 

今後、ご指摘いただいた改善点を修整し、現在の状況を維持していくべく皆で努力していけたらと思っています。

 

今回の合格を過信せず、やっと社外標準に到達したと気を引き締め、日々の向上に努めていきます。

 

今回、多くの方のご尽力にこの場をもってお礼とさせていただきます。

 

ありがとうございました。(野)